伊藤忠商事から関連会社に出向中に資金数億円を着服した疑いが強まったとして、警視庁捜査2課は6日、伊藤忠元社員の30代の男を業務上横領容疑で逮捕した。伊藤忠は3月、約7億円を私的な外国為替証拠金(FX)取引に流用したとして元社員を懲戒解雇し、捜査2課に同容疑で告発していた。
捜査関係者などによると、元社員はニュージーランドにある関連会社で植林事業のSPFL社に出向していた2012年5月~14年2月、同社の銀行口座から自分の口座に100回以上にわたり送金し、約7億円を着服したとして告発されていた。
伊藤忠などによると、元社員は2010年8月から今年2月までSPFL社で、経理や営業、総務などを一手に担当していた。請求書を偽造するなどして、自身が勤務する別の関連会社との商取引に装い、送金を繰り返していたとみられている。
社内監査が迫った今年2月、元社員が自ら不正を申告。会社の調査に対し「自己資金でやっていたFXに損失が出て、穴埋めをするために会社の資金を使った」と説明したという。
FX取引は業者に預けた「証拠金」の何倍もの外貨を売買できる。倍率が高いほど高収益を得られる可能性がある半面、リスクも大きい。金融庁は倍率を25倍までに制限しているが、元社員は海外業者を利用して数百倍の取引をしていた。
伊藤忠は3月に元社員を懲戒解雇したうえ弁済を求めたが、7億円はほとんど残っていなかったという。
日本経済新聞 2014年7月6日掲載分
日本経済新聞の翌日の記事によると、この事件の容疑者の名前は西口元容疑者(当時32歳)=大阪府守口市早苗町だと判明しました。
また5日後の7月11日にはフライデーにて特集記事が組まれました。取材記事での西口氏を知る人へのインタビューです。
「西口君は、灘中、灘高からのストレートで東大の理科1類に進んだ地元では有名なエリートでした。お母さんは家でピアノの先生をしていて、教育にも熱心だった。東大の大学院を卒業した後、伊藤忠に入ったと聞いていたので、順風満帆だと思っていました。」(西口容疑者の実家の近隣住民)
フライデー 2014年7月11日 掲載分
西口氏の経歴は、名門灘中学に入学後、東京大学・大学院を卒業し伊藤忠商事に入社という誰もが羨むエリートコース。高校時代はサッカー部に所属し、いかにも文武両道の印象を受けますが、一方では休み時間には少女漫画を読むといった変わった一面もあったようです。
伊藤忠社員への取材では次のような意見が得られました。
「ニュージランドへの出向は、社内的にごく普通の人事でした。懲罰的な意味でも、出世への階段でもありません。西口は、出向前から趣味でFXをやっており、その頃からニュージランドドルを運用していたそうです。SPFLへの出向は、自分で志願したという話もあります。西口は社内の監査で不正がバレるのを恐れ、今年2月に自ら本社に申告し、事態が発覚しました。その後会社が警視庁に告発し、逮捕に至っています。」(伊藤忠社員)
フライデー 2014年7月11日 掲載分
日本にいる頃から趣味でFXをやっていたとのことですが、エリートである西口氏がなぜ約7億円もの大金を横領するに至ったのでしょうか?
その詳細な動機が2014年7月21日付の産経新聞で報道されています。
■「為替相場が気になり…」 昼夜問わずパソコンを凝視
ニュージーランドにある伊藤忠商事の関連会社「SPFL」では、昼夜を問わず、パソコンの画面と向き合う西口容疑者の姿がよく目撃されていた。休暇で海外の島に旅行に出かけたときもバカンスそっちのけで、画面上の数字の変動を凝視していたこともあった。西口容疑者は周囲に、「24時間、為替相場の数字が気になって仕方がない」とこぼしていた。彼の頭を支配していたのは、外貨を売買し、為替相場の変動などで利益を出すFX取引だった。
西口容疑者は関西の名門である灘中学、灘高校から東大に進学。大学院まで進み、伊藤忠商事に入社していた。
平成22年8月からは、伊藤忠が3割を出資するSPFLに出向。ユーカリの植林や木材チップの製造・販売を手がける会社で、西口容疑者は預金の管理や出納などを1人で担当していた。
SPFL以外にも、下請けで伊藤忠が100%出資する木材チップ製造会社「SWEL」にも籍を置いていた西口容疑者。SWEL名義でSPFLあての請求書を偽造し、自分の口座に送金する手口で、25年8月~26年2月に計約6億円を着服したとされる。SPFLの口座の残高証明書も偽装するなどして発覚を免れていたという。
ところが、伊藤忠本社に4月に復帰する内示を受け、2月にある年度末の会計監査で不正が発覚するのを恐れ、上司に犯行を告白。伊藤忠が3月に懲戒解雇し、4月に警視庁捜査2課に告発した。捜査2課は7月6日、業務上横領容疑で西口容疑者を逮捕した。
捜査2課によると、西口容疑者は容疑を認め、着服した資金の使途について「大半をFX取引の損失穴埋めに充てていた」と供述したという。
■400倍の「レバレッジ」で取引 「負のスパイラル」に
西口容疑者がハマったFX取引の魅力とは何か。最大の特徴は、担保となる「証拠金」を業者に払うことで、その額の10~20倍といった高額の取引ができる点だ。この倍率を「レバレッジ」と呼ぶ。
例えば、1ドル100円で手持ちの資金が100万円の場合、通常は1万ドルしか購入できないが、レバレッジが10倍だと10万ドルまで買える。1ドルが101円の円安になると、1万ドルなら1万円だけの利益だが、手元には10万ドルあることになるので、利益は10万円になる。逆に1円円高になると、10万円の損失となる具合だ。
レバレッジに制限がない時期もあったが、投資家を保護するため、金融庁がレバレッジの上限を段階的に設定し、23年8月からは最大25倍に規制された。
業界関係者によると、国内で規制が始まったのに合わせ、外国の業者との取引に流れた投資家が多かったという。海外に拠点を持つFX業者には規制が及ばず、100倍、200倍といったレバレッジで取引することができるためだ。
「損した分を、損した分野で取り返そうと負のスパイラルにはまる人が多い。レバレッジの魔力にとりつかれた人は高倍率の取引がやめられない」と、業界関係者は説明する。
捜査関係者によると、西口容疑者も豪州の業者を通じ、400倍のレバレッジで取引を繰り返していた。別の業界関係者は、西口容疑者の取引について「負け続けると一発逆転を狙って取引がやめられず、気付いたときにはとんでもない負債を抱えるという典型例だ」と話す。
産経新聞 2014年7月21日掲載分
この事件は、額の大きさから横領の方に目を向けられがちですが、それより注目すべきは「灘校を出て東大の院を卒業するスーパーエリートであってもFXで成果を出すのは困難である」という点です。わたしたちのような一般人であればなおさら困難であることは言うまでもありません。